逗子コミュニティパークのはじまり

その起源は「まちづくりオープンサロン」

逗子コミュニティパークの起源は2004年に遡ります。

当時、市民会議を通じて検討中だった「逗子市まちづくり基本計画」について、
一般市民への報告・広報の場として開催されたのがはじまりです。

会場はいまと同じ亀岡八幡宮でしたが、企画タイトルは「まちづくりオープンサロン」というものでした。

その趣旨は、まちづくり市民活動や学習会を通じて見たこと感じたことを、
普段の会議室を離れ気軽に語り合うといったもので、
木漏れ日の境内に約30名の市民会議委員が集い、開催されました。

※はじめて「コミュニティパーク」と銘打って開催された第3回(2006年5月)

そして「大人の休日」というコンセプトへ

200411月に第1回、20059月に第2回のまちづくりオープンサロンが開催され、
参加者たちはまちづくりに関する意見を交わしながら、境内の心地よい空間を楽しんでいました。

そして、20065月、第3回からはじめて「コミュニティパーク」という名称が用いられるとともに、
実行委員会および市中のガーデン店、カフェなどが連携して準備を重ね、
快適な屋外空間の創造を目指した企画となりました。

この頃から会場にはウッドデッキのステージ、パラソル、テントが設置されるとともに、
客席にはテーブルクロスがあしらわれ、現在の逗子コミュニティパークの原型となりました。

※第6回(2007年)と、現在の原型となった第14回(2011年)のポスター。
「逗子コミュニティパーク」と”逗子”を冠するようになったのもこの回から